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VS東海大仰星『たくさんの人に支えられながら夢を追いかけた日々』

2012/11/11

ノーサイド・・・・・

この瞬間、熊澤組の挑戦は終わった。
 

最後の笛を聞いた瞬間、赤黒戦士たちは呆然と立ち尽くし、しばらくその場から動けなかった。
熊澤組が楕円球に乗せた夢は僕らのほうに戻ってくることはなかった。

 

スコアボードに表示された0-57という数字。

突きつけられた現実。乗り越えたかった壁。乗り越えられると信じて走り続けた3年間。

そこには東海大仰星という、とてつもない大きな壁が立ちふさがり、早稲田摂陵の夢を打ち砕いた。観客が帰っても、この悔しさを刻むためにひたすらこのスコアボードを見つめた。

 

 

早稲田摂陵、そして摂陵時代から初の花園予選準決勝進出。

何もかもが未知の領域。舞台は花園第3グランド。ド素人軍団が3年間努力して手に入れた挑戦権。

相手は言わずと知れた東海大仰星高校。全国大会優勝経験、そして毎年花園で優勝候補に挙げられるチームである。今年のワールドユースでは日本チーム最高順位であり、早稲田摂陵にとっては大きな壁である。

仰星を倒す=『大阪を制する』それは限りなく日本一に近づくチーム。ただ、相手が仰星であろうと勝つこと以外考えていなかった。

 

今の3年生は全員素人。

『ラグビーしないか?』『早稲田のラグビーはすごいぞ!』『赤黒ジャージを着てみないか?』『お前らを日本一にする!』数々のうたい文句で誘い、入部してくれた3年生。

最初は興味本位で入ったラグビー部。次第にラグビーの楽しさ、魅力に気付き、苦しさ、つらさにも気づいた。たくさんいた仲間は10人までになったが、最後まで彼らはついてきた。

ここまでの道のりにはたくさんの出来事があった。

 

大会前には自分たちの意識の低さから、チームはバラバラになりかけた。チームとしてのこだわりを捨て、求められることに対応せず現実から目を背けていた。そんな彼らを許せなかった。
 

『勝ちたくない奴らに教える義務はない。おれは遊びでやっている訳でなく、本気でやっている。お前らが本気でやらないなら俺は辞める。早稲田ラグビーを背負っているものとしてありえない。勝手にしてくれ』
 

そう言って1週間グランドに出て行かなかった。そんな事態にリーダーたちは危機感を募らせ、自宅まで押し掛けてきた。

しかし、簡単に折れる気はなかった。本気でやることが早稲田なんだとしっかり理解しなければ意味がない。彼らと約束を交わし期日までに達成したら戻ると言った。2名のリーダーは帰り、熊澤だけが残った。

彼は涙を流しながら、主将としての苦悩、葛藤、重圧を話してきた。その彼の話を聞いて、周りの3年生の姿勢、2年生、1年生の他人任せの姿勢が気になった。
 

大会に入り怪我人が多くベストメンバーを揃えることができなかった。1戦目は公式戦初の赤黒選手も多くいた。

しかし、その穴を埋めるどころかレギュラーを脅かす活躍を控えの選手がしたのだ。苦しみながらも、相手を無失点に押さえる彼らは心強かった。


 

2戦目は全員コンディションは最悪だったに違いない。

実は1回戦が終わった次の日。練習時間になってもだらだらした雰囲気、集合率の悪さ、そして約束をした体重を戻してこなかった。ついに、我慢できず彼らを絞ることにした。

他の部活が帰る中、1時間、2時間、いや3時間ずっとグランドを走らせた。グランドの周りが暗くなってもひたすら走り続けた。

そんな中、主将の熊澤だけはゆっくりと最後尾を走っていた。本来ならば主将は誰よりも早く、先頭を切って周りを引っ張っていかなければ行けない役割である。しかし、1時間、2時間たっても彼はダラダラと後ろを走り続けた。

そんな彼の姿を見て、

『今日は終われない』

と考えていた。2時間が経過した頃、さすがに熊澤の姿勢に業を煮やした3年生が

『お前のチームだろ。しっかり走れよ。ふざけんな!』

と彼に向かって言ったのだ。しかし、その声を彼は無視し、スタートの合図は鳴り続けた。

いろいろな選手がチーム全員を鼓舞する声を出している中、熊澤は一声も発しなかった。部内にはただならぬ雰囲気が流れていた。3年生だけでなく2年生のイライラも募り、ついには

『ついていけない、やってられない』

と言った。

その様子を見て、これ以上やっても無駄だなと思い、監督に相談して終わろうとしたところ熊澤が重い口を開いた。
 

『お前らにはおれの気持ちはわからない。どんなに負けているときもみんなを盛り上げるためにおれは声を出し続けた。練習でも声を出し続けた。それなのにお前らはほとんど声を出さなかった。このチームはおれのチームじゃない1みんなのチームなんだ!

こうゆうときだけ声だしてやってんじゃねーよ。おれは勝ちたいから、みんなが帰るのを横目にウエイトもしたし、居残り練習もしてる。それがどうだ。お前らはどうせこの練習が終わったら声も出さなくなるだろ?こんなときだけやるのが早稲田なのか?

みんなそれぞれラグビーに対する取り組み方は違うからあえて厳しく言ってこなかった。厳しく言ったらチームの雰囲気は悪くなるし。お前らにはおれの気持ちはわからない』

暗闇の中に響く熊澤の声。9月の終わりの夜風がその言葉に鋭さを与えた。

熊澤が初めて全部員の前で自分の思っていることを話した。それを聞いた部員はどう思ったのだろうか?少なくとも熊澤が言っていることは正しかった。練習しないで勝てる訳がない、他人任せにして自ら声を出せない集団であるのも間違いない。3年生は考えさせられた。

そして、レギュラーの2年生も考えさせられた。

早稲田の選手とはどうあるべきなのかと問われたはず。リーダーなんて関係なく、全員がリーダーだと思わなければ意味がない。いろいろな意見や声が出た中で、最後にまとめるのが主将の役割であり、1から10まですべて熊澤がやっていたのだから。

そんな出来事があって2戦目の心身のコンディションは最悪だった。だけど、ここでバラバラになったチームを一つにまとめる出来事が起きた。

中村和由の電撃復帰である!誰かのために、チームのためにラグビーをすることを彼の復帰は教えてくれた。

実際、和由を出場させるためにコンディションが悪い中全員が必死にプレーし、彼の出場を演出したのだ。




 

 

3戦目でもベストメンバーは揃わず、2戦目で負傷したメンバーもおり、不安を抱えていた。ただ、1、2戦目に出れなかった数名が復帰し調子は上向きに向かっていた。ただ、ベストメンバーからはほど遠く、樋口や谷場の復帰予定はずれ込んでいた。勝たなければ休ませた意味はなかった。

この試合は過去2年間乗り越えることができなかった試合である。勝負時に大事なのは3年生のまとまりと考え、1、2年生には秘密で3年生だけでお風呂に行っていたのだ。彼らの悩み、不安を聞くことで、そして3年生だけのイベントで団結力を高めた。

試合は復帰した選手の活躍もあり、勝つことができた。

 

そして、ついに格上と対戦する権利を得た。満を持して樋口、谷場を復帰させ今シーズン初めてベストメンバーを組んだ。今年のチームはベストメンバーを組ませることがコーチの仕事だと思っていた。ベストで対戦すれば大抵のチームには勝つと確信していた。

そう、この試合が始まる前の準備で勝負はついていたと思っている。案の定、樋口、谷場が大活躍しチームに化学反応を起こして、チーム力をさらに上げシード校を完封したのだ。

正直、これほどの力になるとはコーチの想像を超えてチームは成長していた。

 

 

 

そして、準決勝前日

恒例の試合前練習で漂う緊張感。早稲田伝統の決意表明。グランドの周りにはたくさんの人たちが集まり、緊張感に包まれた。

コーチから

『明日グランドで死ぬ覚悟がない選手は戦えない。たとえ骨が折れようと、肩が外れようとも走り続けろ。狂気こそ明日必要なもの。俺たちがやってきた3年間、そしてこの1年間を証明しよう。俺たちは早稲田なんだ!仰星であろうと早稲田は勝たなければならない。必ず勝とう』

 

選ばれた25人が決意を述べ、全部員で北風を歌い、試合前練習は開始された。

明日の試合が最高になるための確認、最後のタックルが終わり、これですべきことは終わった。

 

試合当日

試合前の円陣で彼らとの出会いを思い出し、熱いものが込み上げてきた。辞めたいと1、2年の頃言っていた熊澤、3年生たち。ボーリング大会では溝掃除を連発し、ソフトボール大会では真島組に下剋上、サッカーはラグビーより盛り上がり、あまりのきつさに途中で辞めようかと考えた『箕面の滝』へのランニング、そしてランパス100本。すべての出来事に意味があり、このチームを作り上げてきた。簡単な道のりではなかった。でも、夢と希望、そして早稲田としての誇りを持ち信じ続けてきた。

最高の『スキッパー』熊澤が熱き言葉を述べる。
 

『あいつらを花園の舞台には立たせない。俺らが勝って花園に立つ』
 

一瞬の静寂の後、聖地・花園で北風を歌ってすべての準備は整った。僕らは一つのチームになった。

 

 

13時40分 kick off @花園第3グランド

 

『ブレイクダウン』

 

これこそラグビーで勝つためにこだわるべき部分。ここだけは仰星であろうと譲られなかったし、スタンスを変える気はなかった。キックを蹴って逃げない、逃げても相手にカウンターを食らうだけ。そして、ボールを渡したら手が付けられない。だからこそ、自陣からでもひたすら継続して、相手の攻撃機会を減らして相手に真っ向勝負した。

そんな彼らに挑戦するために『スクラム』『継続』『ブレイクダウン』『ラインアウト』にこだわりを置いた。この部分は練習を積んで対抗できると思っていた。

しかし、そこは仰星。ブレイクダウンでの小さなミスを逃さない。隙あらばターンオーバーを狙ってくる。誰一人としてタックルを外さない、そして抜かれそうになるとカバーが来る。抜けても全員で戻ってきてDFする。本当にすごいチームだった。しかし、すべてが負けていたわけではない。

 

スクラムは勝っていた。早稲田摂陵がこだわった部分。森コーチが2年間かけて仕上げてきた。スクラムで負けるチームが試合に勝てるわけないと言い続けた。高校生ルールの中でこの1.5mの世界を制することにこだわった。ファーストスクラムで仰星ボールを押してプレッシャーをかけた。

早稲田摂陵は本気で勝ちに来ていると挑戦状をたたきつけた。

1stラインアウトでは予定通り抜けた。すべては勝つために準備したもの。相手の配置から抜けると確信していた。そこから何回も継続して勝負しにいった。

筑紫、早稲田大学相手にも押したスクラム。それでも崩すまでは届かなかった。

仰星という目に見えないプレッシャーから反則を重ね、幾度となく仰星の波状攻撃を受けるが、最後の一線を死守する。しかし、

1トライを近場からとられると、そのあとは相手のリズムになり前半だけで39点取られた。

 

 

ハーフタイムでコーチから

『あと30分しかないぞ。本当にそれでいいのか?死ぬ気でタックルしているのか?命を懸けてやっているのか?お前らはそんなもんじゃない。正面から相手にタックルしろ!逃げるな。熊澤、38点逆転できるよな?3年間を証明してこい!』

 

 

前後半を通じてたくさんの応援に勇気をもらい、『ワセダ、がんばれー』の声援に勇気づけられ相手に向かっていった3年生、そして43人。

トライされてもトライされても自分たちのラグビーを貫いた。信じるのは早稲田イズム。相手が仰星であろうと早稲田ラグビーにこだわった。自分たちの身の丈に合ったラグビー。大学のようにワイドに振ってトライではなく、ひたすら肉弾戦を挑んだ。

平均体重95kgFWと熊澤を中心としたBKATを仕掛けた。トライを獲られてもインゴールで

『もっとできる!諦めるな!笑顔で行こうぜ!』との声で何度も向かっていった。

今、持っている力はすべて出した。最後の仰星ボールをあきらめず必死にタックルしてボールを奪い返して攻撃権を得た。スクラムを押して攻めに行ったが、最後まで仰星の厚き壁を崩せなかった。
 

ノーサイド・・・・


 

 

熊澤組の3年間の挑戦は終わりを告げた。本当に素晴らしい3年生であった。諦めない姿勢、2年生を引っ張る力、マネージャーに対しての気配り。1年生の時にはそんなことすら考えられなかった彼らはここまで成長した。本当にかっこいい男たちに成長した。

早稲田摂陵の学校の中で一番早稲田のことを学び、早稲田の誇りを持ち、熱く生きている男たちだったと自信を持って言える。

ラグビーから多くのことを学び、ここまで大きく、かっこよく育った3年生。君たちの背中、生き様は後輩たちの目に刻まれた。観ている人を感動させ、たくさんの人から賞賛と感謝の気持ちをいただいた。

『感動した』
『最後まで諦めない姿勢は素晴らしかった』
『こんな試合を見せてもらい感無量』

多くの人に支えられながら、君たちは多くの人に感動を与え、夢を与えた。人は目標を持ち努力すれば成し遂げられる。だから熱く生きてほしい。熱っていうのはいろいろな人に伝わっていき、周りの人を巻き込む力がある。これからも自分の夢を持ち、高い志で挑戦してほしい。普通ではなく特別な何かをしてほしい。

そして、もう一つ。人は一人で生きているのではなく、多くの人に囲まれて生きている。君たちにも生涯付き合える最高の仲間が出来たと思う。この先の人生でどんな人たちよりも腹を割って話せる最高の同期、後輩、先輩。大事にしてほしい。

ここまで連れてきてくれてありがとう。君たちの努力は本当に素晴らしかった。これからも、早稲田摂陵ラグビー部で学んだことを人生に活かしてほしい。3年生、ありがとう!

 

 

 

主将・熊澤
 

『試合には負けてしまい日本一にはなれませんでした。でも、こんなにも素晴らしい同期、後輩、仲間、そして応援してくださる皆様に囲まれて幸せです。勝負では負けましたが、早稲田摂陵ラグビー部が日本一のクラブだと思っています。これからも後輩の応援よろしくお願いします。本日は雨の中応援に来てくださりありがとうございました』



 

藤森コーチ
 

『溢れ出る感情を押さえられなかった。仰星と本当によくやっていたと思う。勝負事は勝つか負けるかで、仰星が強かったし素晴らしかった。最後まで手を抜かなかった仰星に感謝したい。でも、素人軍団が3年間の練習で57点差になった。相手は日本一のチームだからね。そう考えると、人の可能性は無限大だと思わせてくれたし、彼らも感じだと思う。彼らの努力は裏切っていなし、日本一成長した選手たち。赤黒ジャージ、早稲田の誇り、伝統が彼らを育てていった。その早稲田ラグビーを体現することは十分できていたと思う。シード校撃破、初の準決勝進出などさまざまな歴史を作り、早稲田摂陵ラグビーの新たな道を切り開いてくれた彼らは本当にすごいと思う。

いつまでも語り継がれる存在だね。真島組もそうだけど3年生の意地とか危機感がチームを強くするし、最後の方になって3年生の生き様が下級生にもだいぶ伝わったんじゃないかな?早稲田の3年生はこうあるべきだと。一人一人の話になるととても長くなってしまうのでまた近いうちに話したい。

その中でも熊澤には感謝しきれない。彼が主将で良かった。2年間、主将という重圧に耐えながらチームをまとめてくれた。優しくて、厳しくて、仲間想いの熊澤は最高だった。ありがとう!
武本、上谷には特別な感情がある。試合後の円陣で『上手くなくて全然ダメな3年生』みたいなこと言ってたんだけど、彼らの努力をずっと見ていた。毎日ウエイトする姿勢は後輩にも伝わっていたし、信頼もあったね。Bチームのキャプテンを二人にやってもらっていたのも彼らのリーダーシップがあったから安心して任せられた。上手い下手、得意不得意なんて社会に出たらいろいろあるけど、そこで諦めず自分のすべきこと、与えられた責任を全うすることが彼らは高校生の段階からできていた。上谷は文武両道の代表者でBチームでもAチームのことを考えて最後まで練習を手伝ってくれていたし、感謝しきれない。

熊澤組、最高でした。君たちと過ごした3年間は忘れられない。俺たちは共に戦った仲間。つらいとき、悩んでいるとき、いつでも電話して来いよ。いつかお前らの涙を笑顔に変えるので、そのときは絶対応援に来てくれよな!

保護者の皆様、雨の中応援ありがとうございました。勝たせることができず申し訳ない気持ちでいっぱいです。この悔しさを背負って必ず勝ちます。