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二ノ丸組が語る3年間の想い

2015/11/19

「引退」
その二文字の本当の意味を11月8日に学んだ。

ラグビーが楽しかった日々、苦しかった日々、グランドを走り回った日々は、もう帰ってこない。この仲間と試合をする60分間もない。しばらくは何かを背負うこともないだろう。それは、重荷だったのかもしれない。
でも、人は何かを背負うときに初めて成長する。背負うことの幸せを感じただろうか。

最後の試合、これまでの人生で最高の60分間を過ごしたのだろうか?
最高に熱かったか?

全力を尽くすことの意味

誰かのために戦う意味

夢を目指すことの意味

継続することの意味

高みを目指すことの意味

厳しさ、優しさの意味を二ノ丸組は学んだのだろうか。


仲間に優しくするのが本当の優しさではない。本当の気持ちをぶつけ合い、厳しく接することができるのが、本当の仲間だ。厳しさは愛情の裏返しだ。

きつい3年間だったかもしれない。だからこそ、得られたものはさらに大きい。感動や楽しさは一人だけでは得られない。そこには困難や苦しさ、仲間がいなければ。そんな最高の仲間を3年間で手に入れただろうか?

 ワガママで、涙もろくて、不器用で、迷惑ばかりかける二ノ丸組だった。

それと同時に純粋で、正直で、人間味のあるお前らを、最後の最後で理解し、素直に認めることができた。お前らと戦った3年間は最高に熱かった!

0-38。お前らが全力を尽くしてもなお、越えることができなかった責任は俺にある。二ノ丸組の夢の続きを背負い戦う。
 

二ノ丸組、3年生が語る熱き想いとは。





主将・二ノ丸 

 この三年間は本当に短い三年間でした。
一年の時に、津志田組の秋の大会からジャージを貰えたのは、今でも誇りに思っています。
そして津志田組の常翔戦前の練習の時、藤森先生から
「お前を最初に出す」
と言われた時は、嬉しいという気持ちよりも、プレッシャーで潰れそうでした。
そして常翔戦、僕は7番で試合に出たものの、先輩たちのために何もできずに交代した時は、後悔しかありませんでした
 次の平尾組の時には、春に膝の前十字靭帯を断裂してしまい、秋に間に合えず、自分は無力だということを痛感しました。
 そして、第51代目キャプテンになりました。
正直、自分はキャプテンに向いてないと自分では思っていました。
グランドで声は出ない、皆に熱を与えられない、円陣も中途半端で何回も心が折れかけて、何回もキャプテンを辞めたいと思いました。
でも大阪桐蔭との試合が終わり藤森先生から

「お前がここまでチームを導いたんだ」と言われた時

自分がキャプテンをやっていて、本当に良かったと思えました。
最後まで花園の第一グランドに立てずに終わったのは悔しいですが、後輩達はこの代よりももっと強くなってくれると信じていますので、ご声援よろしくお願いします。

廣瀬先生
一年の時に辞めそうになった時に引き止めてくれてありがとうございました。
あの時に辞めていたら後悔しか残っていませんでした。三年間お世話になりました。

藤森先生
三年間お世話になりました。
一年の頃は高校選びを間違えたかなとか思っていましたけど、今は藤森先生から早稲田ラグビーを教えてもらえて本当に感謝しています!

森さん
森さんが来るたびに聞いてきた「今何kg?」はトラウマになっています。笑
森さんにはFWの本当に細かいプレーの部分まで教えてもらいました。
三年間お世話になりました。

津金さん
僕の膝の靭帯が切れた時、皆が笑っているところ津金さんだけ真剣な顔で冷やしておけって言われた時は有難かったです。
三年間ありがとうございました。

庄村さん
短い間でしたがありがとうございました。
庄村さんが今年から来てくれるようになってスクラムを組む回数が増えて、今年からフッカーになった僕にとっては辛かったです。笑
それでも大阪桐蔭のスクラムプッシュを止められた時は、庄村さんのおかげだなと思いました。

道場さん
何かと気兼ねなく相談できていたのは道場さんかなと思います。
三年間ありがとうございました!

佑義さん
現役の時は滅茶苦茶怖かったです。笑
レフリーになって僕たちにルールを細かいとこまで教えてくれてありがとうございました!







LO・小林 雅樹

 4月に入学してから11月8日に引退するまでものすごく早いような気がします。

 高校でラグビーを始めたのは兄貴の影響でした。ラグビーの仲間のために身体を張る姿に凄く惹かれて、この早稲田摂陵ラグビー部に入りました。僕は全くのド素人ですが、そんな僕にしっかりご指導して下さったのが藤森先生でした。ラグビーを学べるのが凄く嬉しくて、入学する前の春休みから何回もお邪魔していました(笑)それだけ誰よりも上手くなりたいという想いが強く、毎日ラグビーに励んでいました。しかし、1年生の夏合宿に鎖骨と肩甲骨を骨折してから、親指を骨折したり、膝を故障したり、肩鎖関節脱臼したり、肉離れしたり、完全脱臼したり、最悪な2年半を送ってきました(笑)

でも、そこで支えてくれたのが先輩、同期、後輩です。

人生にはいろんな試練があります。その試練を乗り越えてこそ人間は強くなる。と僕はそう思っています。

 この早稲田摂陵ラグビー部はどこよりも厳しい部活です。でも、どこよりも熱くて最高の部活です。これからの人生こんなに熱くなれるスポーツや仲間に出会えるといいですね。この部活に入って心の底からよかったと思っています。

廣瀬先生

3年間僕達を見守っていただきありがとうございました。大阪桐蔭戦では廣瀬先生の言葉なしでは最後まで戦えてなかったと思います。最後までサポートありがとうございました。3年間ありがとうございました。

藤森先生

3年間、男の中の男というものを教えていただきありがとうございました。厳しかった中に優しさというものがあり、本当に3年間最高でした。3年間ありがとうございました。

森コーチ

3年間厳しいお言葉ありがとうございました。たまに厳しいお言葉がなくなり、無視された時期もありましたが、これからは無視だけは勘弁してください。

3年間ありがとうございました。

津金コーチ

3年間ありがとうございました。

大学の進路など気にしていただきありがとうございます。大学でもラグビー頑張ります。3年間ありがとうございました。

庄村コーチ

OBとしてコーチしていただきありがとうございました。庄村さんの優しい顔なのに鬼みたいなトレーニングをさせるギャップが僕は大好きです。これからも後輩のために鬼のトレーニングよろしくお願いします。少しの間でしたがありがとうございました。

吉田コーチ

ゆうきさん!4年間本当にありがとうございました。津志田組のときから本当に怖かった先輩ですが、ついて行って本当に良かったです。レフリー頑張ってください。

4年間ありがとうございました。

道場コーチ

4年間ありがとうございました。

先輩として親身になって相談を聞いてくれた優しい道場さんには本当に感謝してます。ありがとうございました。

後輩達

お前たちとラグビーやってきてほんまに楽しかった︎先輩方やニノ丸組が取れへんかったテッペンを絶対にとってきてくれ。期待してるで!!!!

最高の同期

3年間あっという間やったな。俺はみんなともっとラグビーしたかった。この仲間はほんま絶対大切にしよな。

ほんまお疲れ様!そして

死ぬまでよろしく︎(笑)

 

 

LO・徳川 大輝
 

 この3年間は人生で最も熱い3年間でした。自分が1、2年生の時は先輩に頼ってばかりでした。そして最上級生になり、3年生1人1人が自立しないといけなくなった時、自分にもチームにも足りないものがたくさんありました。

そこからは一生懸命、前だけを見て進んできました。途中何度もくじけそうになったし辛かったし、藤森先生や仲間とぶつかったりしたけれど、本気だからこそ衝突があり、それがなければここまで来れなかったと思います。そうしてたくさんの壁を乗り越えて来ましたが、大阪桐蔭の壁はそれ以上に高く越えることができませんでした。

 試合が終わって涙が出ませんでした、でも藤森先生と握手をして涙が溢れて止まりませんでした。後悔はあるし結果は負けてしまったけど最高に熱い試合でした。後輩には同じ思いをもうしてほしくないので藤森先生の、コーチの言うことをしっかり聞いて信じて頑張ってほしいです。

普通に人生を送っていたら味わうことのできないたくさんの貴重な経験ができたことを誇りに思い、この先の人生に生かしていきたいです。 藤森先生、廣瀬先生、森さん、津金さん、庄村さん、友次先生、ゆうきさん、道場さん、歴代の先輩方、同期、後輩、マネージャー、保護者の皆様、そして家族。たくさんの人に支えられラグビーができたことを心の底から感謝しています。ほんとうにありがとうございました。3年間ありがとうございました。




 

No8・三宅 和歩
 

 高校の3年間、これから生きていく中でこれ以上、熱い時はないと思います。
僕がラグビー部に入ったきっかけは井上に誘われたからです。元々何に入るか決めていなかったのですが、中学からの友達の井上に誘われて体験に行きました。その時は練習がとても楽しくラグビーってこんなに楽しいんだと思いました。でも、日が経つうちにどんどん練習がしんどくなっていって何度も辞めたいと思いました。常翔学園にボコボコにされたときは本当にラグビーが嫌いになったし、ラグビーをするのが怖くなりました。でも、今思うと全て最後の試合のための試練だったのかなと思います。しんどいことがあればあるほどそれを越した時に見える景色が素晴らしいと思います。それを体現できるのがラグビーというスポーツであり、早稲田であるということを3年間で藤森先生や廣瀬先生、コーチの方々から学びました。
 僕は勉強面や私生活面で練習に出れないことがあったり、そのせいで周りの仲間が怒られたり、色々迷惑をかけてきました。本当にすいませんでした。これだけ迷惑をかけたのに僕が辞めると言った時、涙を流してくれたことを僕は一生忘れません。
 心残りは、井上に大阪桐蔭に勝っておまえに赤黒もう一回着せるって言ったのに実現できなかったことです。ごめんな!最後にもう一回お前と一緒に試合したかった!

藤森先生、ラグビーの面白さや、奥深さ、自分以外の者のために闘うこと、守るべきものがある人はかっこいいということを教えてもらいありがとうございました。
廣瀬先生、挨拶や人に対する態度など私生活の部分で厳しく指導していただきありがとうございました。
コーチの方々、仕事や学校で忙しい中練習を見ていただいてありがとうございました。
最高の仲間!この仲間でラグビーできて最高やった、2年半ほんまにありがとう。お前らとラグビーが出来て幸せやった!またラグビーしましょう!
後輩、お前らは絶対花園出ろよ!おれらみたいに悔しくて涙流さんように。かましてこい!
保護者の皆さん、3年間応援ありがとうございました。




 

PR・川﨑 敏哉
 

 あの日からまだそんなに経っていないように感じます。なぜならこの3年間が長かったから。晴れの日も、雨の日も、雪の日も、嵐の日も、吹雪の日も、警報の日も、流石に雷が鳴ったら避難しましたが、365日中360日はラグビーと共に生きてきた。そんな日々に比べればこの一週間なんて一瞬のように思えます。
 この3年間ラグビーに捧げたことを、俺は一つも後悔していません。あんなに素晴らしい場所で素晴らしい仲間とともに、二ノ丸組として最期をむかえることができて本当に幸せです。
初心者でこのラグビー部に入った時はルールなどは全く、ラグビーというスポーツを見たこともなく、ほんとによくここまでなれたなぁと感心します。新人戦で大阪朝鮮にボコボコにされ、春には、常翔学園にボコボコにされ、そんな僕達があの日、大阪桐蔭とあのような素晴らしい試合を出来たのは、3年間休みなく僕達にラグビーを教えてくれた藤森先生、その他コーチ陣のおかげです。本当にありがとうございました。
 そして、桐蔭戦のメンバーとして戦ってくれた2年生、そして、4人の一年生には本当に感謝しかありません。次は君たちが、あと1歩の所で届かなかった花園第一グラウンドで嬉し涙を流してください。マネージャーをあの場所に連れてって下さい。二ノ丸組の思いを継承してくれることを心から期待しています。ほんとうにありがとう!!
 最後に、3年間共に辛い練習を乗り越えてきた同期のみんなはかけがえのない一生の友達です。死ぬ時も忘れることはないでしょう。もっと一緒にラグビーしたかったです。
ありがとう。
そしてこれからもよろしく。


 
SH・堤 聖也

 11月8日、僕はこの日が人生で一番熱く、今まで試合した中でも一番楽しかった試合でした。
僕が入部した時はちょうど津志田組の春の大会前のときで、体験練習のときは面白くて楽しそうだなとおもっていました。でもそんな思いとは違って津志田組の人たちの練習を見ていて、どこよりも熱くて勝ちにこだわってるチームなんだとわかりました。そんな先輩たちの姿を見て中途半端な気持ちでやってたらダメだなって思いました。それと同時に、こんなふうに熱くてかっこいい男になりたいとも思いました。
そして、2年の時ウィングからハーフになりました。ハーフのことも全くわからずパスも全くうまくなくて、迷惑をかけないようにと練習後残ってパスを練習したりキックをしたり努力してた気でいました。しかし、菅平でほんとに不甲斐ないプレーばかりしてもの凄く怒られ、嫌になって辞めようと思いました。
でも、「ここで辞めたら後悔することになるし、最後までやりきったら分かることがある」と言われて最後までやりきろうと思い、今まで以上に練習しました。そして平尾組の大事な初戦に出さしてもらったのに足を引っ張ってしまい負けてしまいました。それがほんとに情けなく思い、もうこんな思いはしたくないと思いました。
二ノ丸組になり春の大会でシード権が取れて、結果は7位でしたが、このまま秋まで努力し続けたら花園に行ける!そう思っていました。
しかし9月に目標の数値をほとんどの選手が達成できず、3年で責任を取り辞めるかどうか、藤森先生と話し合いました。その後、この早稲田摂陵でラグビーをやっている意味を考えました。
その意味を考えると、藤森先生について行こうって気になりました。
そして最後の大会、準決勝の相手は大阪桐蔭。
メンバーに入れなかったイノッチのために、早稲田の誇りのために、3年、2年、1年生のみんなとまだまだラグビーをするために、3年間自分が努力してきた成果を発揮するため、絶対勝つ気で挑みましたが、負けてしまいました。
でも、最高に熱くなれた試合でした。
引退して、かっこいい男になれたかは分かりませんが、熱くなることの素晴らしさに気づけました!あと努力することの大切さも学べました。
2年生と1年生は3年間これだけは誰にも負けないってものを作って、後悔しないようにしてください!
死ぬほど立ちたかった花園の舞台に立てないのはほんとに悔しいです。次は平田組で今までの先輩の分の思いも背負って花園めざしてください!!
そして廣瀬先生、藤森先生、森さん、津金さん、庄村さん、ゆうきさん、道場さん、いままで指導してくださって本当にありがとうございました。
人間としてもすこーし成長できたかなっておもいます!


 

PR・舛田 健太
 

 ラグビーに捧げた3年間 

『グランドで死ねるか』入学当初、ラグビー部のプロモーションビデオを見たときの忘れられないフレーズです。その時の私には理解できませんでした。

それが家族の話題となり、父親にそういう部活なら一度体験に行ってみろと言われたことが、ラグビーというスポーツとの出会いでした。

 最初は楽しかった練習が一変しました。楽しいからつらい、辞めたいに変わった練習。さらに辞めたくなったフィットネス、夏合宿、ウエイトトレーニング。つらい日々がありました。

この3年間、今思うと一瞬でした。今まで生きてきた中で一番熱い3年間でした。沢山のものを犠牲にしてラグビーというスポーツに熱くなり、夢中になれました。犠牲にしてきたもの以上に大切なものも手に入れる事ができました。

それは“仲間”です。その最高の仲間がいなければ、ここまで続ける事ができなかったと思います。

沢山の人との出会いや励ましがあり、今の自分があると思います。

監督をはじめ、熱心に教えて頂いたコーチの方々、応援し続けてくれた両親、ラグビー部を応援して下さった皆様に感謝します。

後輩には一喜一憂せず、自分の好きなラグビーを3年間、やり通して欲しいと思います。

 “ラグビー”というスポーツに出会えて本当に良かった。

3年間続けてきて本当に良かった。

これから、次のステージでも、ここで学んだ事を糧に頑張っていきます。

3年間続けてきて、最後に『グランドで死ねるか』の意味を理解できた気がします。



LO・大田 健太郎
 

 本当に長く短い三年間でした。
木原に誘われてラグビーのラの字もわからない状態で入り、ここまで来たことが全てまるで昨日のように感じます。
 一年生の時、津志田組の時の啓光戦を見て本格的にラグビーを始めてみようと思いました。しかし、ラグビーを始めてみて思ったのは経験者とのスキルの差や上級生とのフィジカルの差などがあってとてもしんどかったです。時が経って、津志田組が常翔に負けた時、本当に熱いクラブだと改めて思いました。そして平尾組が始まり、最初の方は何度も周りから罵声などが飛んできて、メンタルがボロボロになりました(笑)。しかし、そのおかげで自分からやってみようという意思が出てきました。二年生に上がると一年生に才能のある奴らがたくさん入ってきてとても危機を感じました。そして、平尾組が引退しました。平尾組の引退は本当に絶望感などでいっぱいになりました。僕らの代で絶対にやってやろうと心から思いました。
 そしてニノ丸組、本当に色々なことがありました。シード権を取ったり、藤森先生が一時期こなかったり、最後の方の合宿をケガ人で過ごしたり、言い出したら切りがないです。僕らの最後は負けるという形になってしまいましたが、様々な出来事を通して今の自分に至っています。楽しいことや辛いこと、すべて経験したことが今では嬉しい限りです。そして関わった人々全員に感謝の気持ちでいっぱいです。三年間ありがとうございました。




PR・井上 貴文
 

11月8日試合終了のホイッスルがなり、3年間の花園出場を懸けた高校ラグビーが終わりました。もうこの仲間とラグビーが出来ないと思うと、今でも悔しいです。ラグビーを12年間やってきて一番熱かったのは、この60分間でした。この大事な試合にメンバーに入ることが出来ませんでした。
練習後にこのことを告げられほんとに悔しくて何も考えれませんでした。
そして次の日の練習の時にラグビーができるって幸せだなと感じました。
仲間を信じて勝つ事だけを信じてました。結果は0ー38だったけど人生で一番熱かった60分間でした。
1年で入学してすぐの徳島遠征、今まで食べたことない量を食べ吐いてしまい、ごはんを食べるのが一番嫌でした。入学当時は65㎏しかなかった体重が90㎏になり、ポジションもハーフから異例のプロップに転向しました。
体重が増えるにつれ走るのがとにかくつらく、フィットネスでは吐きながら1周走20本走り、なかなか終わらないヘッドなど、本当にきつくもう練習がいやになるくらいでした。
怪我が治り復帰できると思えばフィットネスが足りないと言われ、毎日走りばかりでやめたくなったけど、全てはこの11月8日の打倒大阪桐蔭のためにと思い乗り越えてきました。入部当時20人近くいた仲間は最後には12人になりました。けど試合に勝って喜びあえるこの仲間がいたからこそ乗り越えれました。だからこの仲間には本当に感謝したいです。
藤森先生、そして仕事で忙しいにも関わらずきてくださったコーチの方々、本当に3年間ありがとうございました。練習はきつかったですけど本当に3年間やってきてよかったと思ってます。本当にありがとうございました。

廣瀬先生、怪我した時に病院に連れて行ってくれ本当に感謝しています。
本当にありがとうございました。

同期のみんな本当にありがとう!
本当に最高の仲間だった。

そしてこのチームのすべての人に感謝したいです。
後輩達  俺たちが成し遂げれなかった夢を叶えて欲しい
あと絶対怪我するなよ!
グランドにいる時間が一番大切だから!
3年間、今まで本当にありがとうございました。



FL・木原 淳貴

 ラグビー部に入部して津志田組の啓光学園戦を見た時に、ラグビーってこんなに観客の心を動かすスポーツなんだと改めて感じ、自分達もこんなラグビーがしたいと思っていた1年生の春のことが懐かしく思います。
この3年間のラグビー生活を振り返ってみると、辛かったことや何度も涙を流したことなど、沢山思い出が詰まっています。
桐蔭戦で負けてしまったことは凄く悔しいですが、この3年間は自分にとってすごく有意義なものになりました。このラグビー部に入部して最高の仲間に出会い、素晴らしいコーチ陣の指導を受けられて本当によかったと思います。
廣瀬先生、藤森先生、友次先生、森さん、津金さん、庄村さん、吉田さん、道場さん、本当にありがとうございました。一生忘れられない3年間になりました。
1、2年生も今までありがとう。最高のコーチ達を信じて強くなり、花園に行ってください!
3年間ありがとうございました。


CTB・松山 諒大
 

 まず自分は保育園の頃にラクビーを始め、中学では少しバスケに浮気もしましたが(笑)高校ではラクビー部に入り、気付けばラクビー歴は12年になっていました。こんなにも長くラクビーをやっていられたのは、いつでも最高の仲間達に囲まれていたからだとつくづく思います。

11月8日、大阪桐蔭に負けた。今までのラグビーに懸けてきた12年間が終わったように感じました。そのぐらいこの2年半は充実していて、こんなにも熱い時間を過ごさしてくれた藤森先生や津金さんなど、その他にもたくさんの支えてくれた人達にとても感謝しています。

同期にも、とても感謝しています。
いつも体重が上がらなくて迷惑かけまくっていたウェイトリーダーのモルと小林くん、すいませんでした。本当は体重4キロぐらい盛ってました(笑)
BKの3年生はせいやと俺の2人だけやって、しんどい事も色々あったけどいつも一緒に頑張ってくれてありがとう!
3年のFW陣の皆さんは、アホしかおらんかったけど試合中はめちゃくちゃ頼りにしてました。シード権とれたのは多分お前らのおかげです。
岩永、ありがとう(笑)
最後に、
こんな自分をラグビー部にいさせてくれて、信じてくれてありがとうございました。
桐蔭戦での屈辱は後輩達に託します。期待されてんねんから頑張ってな!(笑)


MG・岩永 愛里奈

 私はマネージャーに対する憧れと先輩からの誘いを受けラグビー部に入りました。最初は失敗することが多く、不安でいっぱいでした。先輩方が優しく教えてくださったおかげで、マネージャーとしての仕事ができるようになり、やりがいのある日々を送ることができました。何度も辞めたいと思ったことがありました。その度に先輩や同期に励まされ、相談にものってもらい、いつも勇気を貰っていました。

 11月8日、大阪桐蔭戦ノーサイド。私は選手たちからたくさんの感動をもらいました。試合しているときのみんなの姿はとてもかっこよくて、輝かしかったです。不意に私の目から涙が溢れ、止まりませんでした。果敢なタックルを相手にし、魅了していたことは今でも忘れられないです。それと同時に、入学当時の二ノ丸組が蘇ってきて「このラグビー人生で、みんなはとても成長したな。」と実感しました。

 ラグビー部のマネージャーとして過ごしてきた日々は全部が全部上手くいったわけではなく、辛いことや苦しいこと、悔しいことなどたくさんありました。3年生になり、最上級生としての重みを知り、とてもしんどい時期もありました。そのときに先輩の偉大さを改めて実感しました。私はみんなをサポートすることが仕事なのに、同期には迷惑をかけてばっかりでした。たくさん支えてもらいました。

 選手にとっての理想のマネージャーになれたのかはわからないですが、それでも私なりに全力でサポートしてきました。悔いは残っていないです。ラグビー部のマネージャーとしての人生で後悔したことは一度もありませんでした。熱心に選手達にラグビーを教える先生方、勇ましく憧れのある先輩方、直向きにプレーをする同期、面白く個性的な後輩に恵まれたからだと思います。

今まででこんなに熱く夢中になれたことは初めてでした。ラグビー部に入部していなかったら熱くなれてなかったと思います。マネージャーとして二ノ丸組の一員でいられたことは私にとっての誇りであり、貴重な経験であり、最高の思い出です。こんな頼りない私についてきてくれた同期には感謝しかないです。また、ここまで成長できたのも同期の支えがあったからだと思います。これからはこの部活で学んだことを活かしていきたいです。二ノ丸組でよかったです。最高の仲間です。幸せでした。

3 年間一緒に励まし合って頑張ってきた同期、温かい応援をして見守ってくださった保護者の皆様、OBの方々、先生方の支えがあっての早稲田摂陵ラグビー部でした。これからは後輩たちが結果を残してくれると思うので、ご声援をよろしくお願いします。今まで本当にありがとうございました。